【10話】闇の使徒

【10話】闇の使徒

「やはり探知結界が敷かれているな」

 月夜の下、黒馬に乗った骸骨の剣士が呟く。
 丘の遺跡を上空より偵察し、その様子をつぶさに見て取る。
 夜こそアンデッドの本分だ。
 闇を見通す目と探知魔法で捜索の痕跡も見つけていた。
 現場の状況はワイズマンが遺跡を出たときと変わらない。
 上空から吹き降ろした強い風にアーダルーフのマントがはためく。
 逡巡はほんの一時のことだ。
 戦いを求めてここにやってきたのだ。
 罠があることは承知の上。
 しかし、こうも思った通りな状況になっているというのも拍子抜けだ。
 あちこちに張り巡らされた発見探知(ディティクト・ロケート)の印は遺跡を大きく囲んでいる。
 一つ一つを結んで連結し警報(アラート)で術者に報せる仕組みだ。
 優れたマジック・キャスターであれば、これらの探知結界を見破るのはたやすい。
 ユグドラシルにいた頃は半端なエルダーリッチという種族であった。
 たっち・みーとの出会いによって戦士職に目覚め、魔法は捨てて職業を下っ端ファイターに鞍替えした。
 その後は戦いの技を磨いてウォーロードへと転身し、暗黒の技を使いこなすカースドナイトの道へと進むに至った。
 魔法の技は第四位階の段階で止まっているが、この世界においてはエルダーリッチでも一級クラスのマジック・キャスターとして扱われる。
 もっとも、エルダーリッチはモンスターとして冒険者の討伐対象である。
 ワイズマンは偽りの情報(フェイクカバー)、探知対策(カウンター・ディテクト)などの探知対策の魔法を境界線ぎりぎりで解除する。
 こうもわかりやすい出迎えは久しぶりだ。
 監視しています、と宣言するかのような結界は、そのラインに踏み込まなければ何の意味もない。
 
「監視は風花聖典か…… いや、まだ決めつけるのは早いか。もっとも、ここは法国の領土。奴らが動かずして誰が動くか。伏兵は見当たらない…… サモン・アンデッド=レイスよ、お前は中の様子を探れ。残りは周囲を」 

 ワイズマンの呪文によって、アストラル界から呼び出された複数のレイスたちが遺跡へ向かって飛んでいく。
 探知結界を潜り抜け、形持たぬレイスが結界の中へ侵入していく。
 一体は遺跡へ。
 残りは可能な限り周辺の探索に当たる。
 形持たぬ彼ら幽体に対し、物質的存在のみを検知する魔法が反応することはない。
 しばらくして、レイスたちは一体も欠けずに戻ってくると、主の身にまとわりつきながらその耳へ囁く。
 生身の人間が聞いたら、ぞっとするようなレイスの囁きだ。
 レイスが触れれば、ただの人であればたちまちのうちに生気を吸い出されてしまうことだろう。

「もぬけの殻か…… 帰れ」

 指を鳴らすとレイスたちが元のアストラル界へと帰っていく。
 落ちくぼんだ眼窩に光る赤い目が油断なく遺跡の出入り口を見る。
 中に踏み込めば何が起きるのかはわからない。
 監視者が見ているのであれば、何らかのアクションを起こすはず。
 ワイズマンはオーベルグランデの面頬を落とし、全身漆黒の鎧姿で地面に降り立つ。
 その手には暗黒の闘気まとうリベレーターがある。
 何が起きても即対応できる構えだ。
 遺跡の入り口に向かって踏み出す。 
 たちまち結界が発動し、術者以外にはわからぬアラートが鳴る。
 見られているな──
 この感覚は魔法ではない。
 自らの直感で感じ取っていた。
 遠く離れた監視者であろうと、そこに意思があるのであれば、その鋭い直感力で察することができる。
 この勘はユグドラシル時代に得たスキルではない。
 この世界に来て数百年あまりを数多の戦場で過ごした。
 その戦いの歴史で培った、経験で得た危機感知の能力だ。
 そしてすぐそこに迫る脅威──
 ワイズマンは目の前の空間に生じた歪みに対し迎撃の構えを取る。

「転移(テレポート)っ! やはり、送り込んできたかっ!」

 そして現れたのは──

「漆黒聖典っ!」
「くたばりなさいなっ!!」

 黒い長衣姿の小柄な女が叫ぶと共に戦鎌が振りかぶられる。
 瞬時に高速で跳躍すると、ワイズマンの頭上から振り下ろす。
 首を狙う刃の軌道は常人には回避不能の一撃だ。

「取った!」

 金属音が派手に鳴り響き、必殺の一撃を放った女の顔が驚愕に歪む。
 戦鎌は微動だにせず、敵の首一歩手前というところで鎌を持つワイズマンに阻まれていた。
 その鎌は女が持つ鎌とは異なる形状で、長い柄の先に取り付けた刃二つが反り返るようにあり両刃となっている。
 その両刃のリベレーターから暗黒闘気が溢れ出した。
 競う武器の存在により一層のどす黒い闘気を発っしている。
 それは、意思を持っているかのようでもあった。

「暗黒闘気っ!?」

 降り立つと女が叫ぶ。
 次の瞬間に女は青い衝撃によって吹き飛ばされる。
 攻撃の機微さえも察知させないゼロ距離攻撃の不動衝撃陣のスキルだ。 

「ちっ!」

 着地と同時に上体を伏せ気味ながら女は即座に立て直す。
 吹き飛ばされてなお戦鎌は手放していない。
 その不揃いな白銀と漆黒の髪が背中に乱れて広がる。
 ダメージを受けて出血したのかポタリポタリと血の雫が地面に落ちた。
 
「ハーフエルフ。歪な混ざりモノと見える」
「醜くて悪かったねっ!」

 脱臼した肩を片手で嵌め込んで、女──絶死絶命が睨みつける。
 あの一手で仕留められなかったことなど今までなかった。
 身の丈2メートルの漆黒の戦士。
 フルプレートで頭まで包んだその姿からは圧倒的な威圧感が襲い掛かってくる。 
 同等──どころではない強敵と認識する。
 おそらくあの武器も神級(ゴッズ)装備に違いない。
 自らの持つモノと同等となれば絶対に殺さねばならない。

「死になっ!」

 全身の膂力に技を乗せて少女は打ちかかる。
 魔人すらねじ伏せるその凶器はこれまでに数百、いや数千の命を奪ってきたものだ。
 黒い剣士に打ちかかって払われ、追いながらさらに撃つ。
 一度に襲い掛かる超速の八連撃をワイズマンは躱し、薙ぎ、打ち落とし、ねじ伏せる。
 その目にも止まらぬ高速の連撃攻防によって、周囲の地形は斬撃によって抉られ土埃をまき散らす。
 受け手側のワイズマンは、その攻撃を当たっても構わないものは鎧で弾き、武器で滑らせては誘導した。
 闘争にオーベルグランデが目覚めて胸のグリフォンが咆哮を上げる。
 受けるダメージは、ワイズマンにとってはダメージと呼べるものではない。
 衝撃や貫通などで生じた些少のダメージは自動回復能力によってすぐに消え去っていく。 
 アーダルーフの回復魔力はワイズマン自身の回復力を倍増させ、回復させ続ける常時リジェネート能力を持っている。
 同等レベルの戦士の打ち合いならばともかく、格下相手のダメージなどまったく気にする必要もない。
 マントをアクティブにするまでもない。
 それはいささか退屈、と言っても差し支えないものだった。
 繰り返される連撃を再度処理し、熱を帯びたリベレーターが震えるのを感じ取る。

 血を吸いたくて溜まらぬか──
 だが今はそのときではないぞ。

 戦鎌を正面から弾き、何気なく払った斬撃が女の腹を掠めた。
 ワイズマンは女の口元に笑みが浮かぶのを見る。
 距離を取るように地面を蹴って女が後方に跳んでいた。
 しかし、攻撃があまりにも単調すぎる。
 英雄と呼ばれる者たちが限界を超えてようやく辿り着く絶技の数々。
 目の前の女がそれらを超越した技量を持つことも間違いないが、経験という点から見ると、技の練りが甘い。
 確実に仕留めるという気概を感じない。
 むしろ、この状況を楽しんで遊んでいると感じられる。

 この程度か……
  
 失望は隙を生み出す。
 その瞬間を見逃す絶死絶命ではない。

「お前、隙だらけなんだよ!」

 疾走し真下から突き抜けた一撃がワイズマンのマスクに迫った。
 顎を狙った急所への不意を狙った攻撃だ。
 金属音が響き渡る。
 ワイズマンはわずかに上体をのけぞらせ、直撃を避けた顔を元に戻す。
 そのマスクは跳ね上がって素顔をさらしていた。
 眼窩の赤い眼で絶死絶命を見返す。
 
「なるほど、これは不覚というものだ」
「お前は…… スルシャーナっ!? って、違うか。お前が闇の使徒ってわけね」
「闇の使徒か。これはどう伝わっているものか。貴様には聞くことがあるようだな」
「聞けるものならね!」

 口端を歪めた絶死絶命が戦鎌を前に突き出し殺気を放つ。
 気の弱い者であればその威圧感だけで泣き出してしまうかもしれない。

「貴様一人か? 援軍は?」
「お前など私一人で十分…… 他の連中がお前の相手をできると?」

 結界を監視していた風花聖典のネットワークを勝手に使い、叡者の額冠を持つ巫女姫にテレポートを強要してやってきたのだ。
 仲間…… 漆黒聖典の連中を出し抜いて殺しに来たのにこの様である。

「余興は終わりとしよう。この一撃を受けてみよ」

 ここにきて初めてワイズマンは攻撃の意思を表す。
 手加減して受けに回ったのはできるだけ情報を引き出してからと思ったからだ。
 相手をした感じでは、この娘はおのれの封印には関わってはいなさそうだ。
 そうであったなら、ワールドアイテム級の装備を発動させていたはずだ。
 戦いを見せつければ、もっと大物が出てくるかと期待したのだが……
 この娘を拿捕して情報を聞き出すには無力化するしかない。

「受けてやるわ。そのへっぽこ鎌でやれるものならばね」

 自信か、強がりか判別できぬ無謀な台詞だ。

「避けろよ」
「あん?」

 侮りと取れる言葉に娘の目に剣呑さが加わった。 

「骸骨の冗談とか笑えないねっ! 暗黒闘気(ダーク・オーラ)!」

 戦鎌に赤黒いオーラがまとわりつく。
 自らの命(HP)を削って攻撃力に変えるスキル──暗黒闘気(ダーク・オーラ)だ。
 
「これを使うからには絶対に殺してやる!」

 尋常ならざる生命力を持つ絶死絶命でさえ、このスキルを使うことは自らの命を危険にさらす。
 戦いが長引けば死を招く禁断の力──

「貴様を侮るつもりはない。戦士として貴様をねじ伏せ質問に答えてもらう」

 目の前の女を戦士と認め全力を持って叩き潰す。
 それがナザリック突撃隊長クレイジーキラーとしての戦い方だ。
 もし、それで死ぬのであればスレイン法国、漆黒聖典へのメッセージとする。
 生き残ればすべての情報を引き出すつもりだ。
 もっとも、手足の一本くらいは覚悟してもらわねばならぬ。

 リベレーターを構えたワイズマンがスキルを発動させる。

「死の楽園(デス・リゾート)」
「血狂の戦士(ブラッド・バーサーカー)」
「戦陣乱舞(ウォー・キャスト・アグレッサー)」
「暗黒闘気(ダーク・オーラ)」

 リベレーターの飾り物ではない真の暗黒闘気が発動し両刃に赤い光が宿る。
 その光は絶死絶命が発動した暗黒闘気より一層に濃密だ。
 莫大なHPの約一割が攻撃力に換算されるのだ。
 その比率は絶死絶命のソレを大きく上回る。

「私と同じ技! お前は一体なんだっ!?」

 絶死絶命の言葉には答えず、ワイズマンはリベレーターを振り回し旋風が激しく巻き起こる。
 その瞬間、場の空間がいちじるしく歪んだ。
 そこは門──
 空間の向こう側を映し出し、絶死絶命を送り込んだゲートから数人の男たちが姿を現す。
 全員が武装している。
 その中に漆黒聖典隊長の姿があった。

「クワイタス(死滅せよ)っ!!」

 ワイズマンは強力なエネルギーを蓄えたリベレーターを上空に掲げ、振り下ろす。

「防御を!」

 技の発動は漆黒聖典の隊長が叫ぶのと同時だった。
 盾を持った重装の大男がその軌道上、絶死絶命を守るように前に出る。 
 リベレーターから放たれた一撃が軌道線上に立ちふさがる男に命中した瞬間、黒い紋様が敵を包み、悪魔が翼を広げるような波形が広がる。
 黒い斬撃が大地を穿ち、爆風が全周囲に巻き起こった。
 土煙が舞う混乱の中、隊長が絶死絶命に駆け寄る。
 
「番外っ!?」
「畜生~~~! あたしの腕がっ!」

 直撃を免れた絶死絶命の左肩から先が千切れ、腕はどこにも見えない。 
 身を挺して前に出た隊員は木っ端みじんに叩き潰され肉体そのものが消失していた。
 大地を穿った斬撃は、底が見えない暗黒の傷跡を残し数百メートル先までその爪痕を残す。
 超位魔法にも匹敵する一点集中の破壊力は凄まじいの一言に尽きた。
 
「ここまでだな」

 その現場を赤い目が見下ろして告げる。
 あの娘──技を放った瞬間、その隙を突くようにワイズマンへ突撃をかけてきた。
 肉薄した絶死絶命の腕をオーベルグランデが噛み付き食いちぎったのだ。 
 八本足のスレイプニルに跨ったワイズマンが生き残った漆黒聖典のメンバーを一瞥した後、上空高くへと舞い上がると深い雲の中へと姿を消すのだった。

 月の出る晩は眠れぬ夜だ。
 寝ぼけ眼の少女は誰かに呼ばれたように目を覚ました。
 オデットはのろのろと起きだすとバルコニーへの扉を開く。
 大きな月が空に浮かんでいる。
 これまで見た中でも一番大きい月だ。
 そしてバルコニーに影が差すのを見る。
 髑髏の戦士がバルコニーへと舞い降りるのを。

「ふぁ、あ…… オデットちゃんはもう寝たのかな…… クレーズさんはまだ戻ってないみたいだし……」

 オデットはもう寝たか、とニニャが様子を見にクレーズたちの部屋を覗く。
 ニニャが眠れなかったのは呪文書を読んでいたからだ。
 ちょうど難しいところで、クレーズが戻ったら聞こうと待っていたのだが、見回りが終わったらもう寝ようと決めていた。
 扉を開くと、室内に吹き込む風に違和感を感じてニニャは踏み込む。
 風はバルコニーから吹いている。
 ベッドを見れば二つとも空だ。
 オデットの使っていた毛布が床に落ちている。 

「オデットちゃん? 誰っ!」
 
 バルコニーから長く伸びた影に気づき異様さを感じ取る。
 そこに見たものは異形の人外のモノ。
 オデットは身を預けるようにして骸骨の手に抱かれている。
 その骸骨が乗るのは八本足の黒馬。 

「何をっ!」
「眠れ(スリープ)」
「あ……」

 ニニャは必死に襲い掛かる眠りに抵抗しようとするが膝が地面につく。

「オデット……ちゃん」

 最後に見たのは月が浮かぶバルコニーに佇む黒馬の戦士の姿だった。 
 
「何だ、何だ?」
「ニニャ、どこだ?」

 物音に気が付いて起きだしたペテルたちが倒れているニニャを見つけた時、すでに部屋はもぬけの殻となっていた。